さらば箱舟 (吉祥寺シアター)

寺山修司没30年記念認定事業
さらば箱舟 (オーストラ・マコンドー)
作:寺山修司
演出:倉本朋幸
出演:仁科貴(捨吉)、若松力(大作)、趣理(テマリ)、梅舟惟永(スエ)、遠藤留奈(ツバナ)、他77名

いとこ同士で結婚したスエと捨吉は、近親相姦のタブーを犯したために本家の大作や村人たちから馬鹿にされ、半ば村八分になっていた。架空の村落共同体が文明の近代化の波をかぶって変貌して行く過程が、様々なイメージとエピソードで幻想的に描かれる作品。

2/11(火)、建国記念日の昼公演、一人で観劇。一幕、上演時間は2時間20分だった。
祝日とはいえ超満員。

「さらば箱舟」観劇だん、帰りはジョギングで20分位。調子が出始めたところでオウチに着いた。完璧に満席、出演者多数の迫力はなかなかのもの。(twitterより)


前回の観劇は同じホールで3人劇、今日は80人という大所帯の迫力にぐいぐい押された。あの舞台に80人超だから大迫力。
映画は観たことがなく、そもそもの原作(原案)が「百年の孤独(ガルシア・マルケス)」だとさっき気付いた。いつも予習不足で理解が遅いところが学生時代と変わっていない。008.gif




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冒頭で、村のすべての時計が集められ埋められ、時計は本家に1台だけとなって、時計が象徴する時間は本家が独占することになったエビソードが語られる。以降、舞台上には本家の時計が常駐。

村には「近親相姦は犬の顔をした子供が産まれる」という言い伝えがあるため、分家のイトコ同士である捨吉とスエは結婚を認められていない。その上、スエは父親からカニの形をした貞操帯を填められているためふたりは夫婦関係を持つことができない。
前半は、二人を執拗にからかう本家の大作と葛藤する捨吉の構図が物語の中心になっている。我慢ができなくなった捨吉は大作を刺し殺し、そこから物語が動き始める。
大作の幽霊と会話を始める捨吉、そして捨吉の記憶障害が進んで行く。忘れる前に書き留めなければと「俺」「俺の妻、31歳」と大書した紙を胸から吊るす捨吉。

村の空き地に大きな穴が開いた。この穴は冥界に繋がっている(らしい)。
村人は死んだ人たちへ手紙を書いて郵便配達夫に持たせて彼を穴に送り込んだ。
大作が殺されて跡取りがいなくなった本家には、本来の血筋と名乗る母子(ツバナとダイ)が現れて我が物顔に振舞っている。
スエは捨吉のために時計を買うが、時計(時間)は本家にひとつあれば十分と考える村人たちに襲われて、捨吉は騒ぎに巻き込まれて死んでしまった。

その夜、スエの貞操帯が自然に外れた。

隣り町の存在に気付いた村人たち。
ダイは死んだ大作の愛人テマリを連れて隣町へ。他の村人たちもそれに続いて村を去って行った。
ひとり残ったスエは、誰もいなくなった村に立ち、叫ぶ。
「人間は中途半端な死体として生まれてきて、一生かかって完全な死体になる」「隣の町なんかどこにもない!百年経ったらその意味わかる。百年経ったらその意味わかる。百年経ったら帰っておいで!」
スエは裸身に花嫁衣装をまとい、冥界へ続く穴に身を投げた。

百年後。
村人たちが集まって賑やかに歓談している。(現代人の格好をしているが、たぶんここは冥界なのだ)
昔々郵便配達夫に託した手紙を読み上げる大作(らしき人)。
捨吉とスエ(らしき人たち)が赤ん坊を抱いて登場し、村人全員で記念撮影。
舞台後ろに大きく映しだされた写真はその一瞬を永遠にとどめながら、やがて少しずつ色褪せていく。
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あらすじを長々と書いたようになったが、舞台を思い出しながら書くのは本当に楽しい。
演目を1回しか観ないのは意味がないような気がする。
80人というタカラヅカ並みの大人数が出演していると目が足りない。左右をちらちら見ているうちに肝心なところを見逃すこともしばしばである。
(あり得ないことと思いますが、捨吉が死ぬところの記憶がないんですわ)

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by laladuets | 2014-02-11 23:10 | 観劇


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